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  • 久高島旅記 2

    久高島旅記 2

     自転車で、アマミキヨが降り立ったとされるカベール浜を目指し、
    ひたすらこんなワイルドな道をずんずん進む。
    とても気持ちの良い風が吹き、
    ここが神聖な場所だというのは、
    そういうことを信じない人でもきっと納得させてしまう何かがある。

    ・・・と、このとき事件は起こる。
    わたしの目の前に長いファインディングニモ色の棒のようなものが落ちていると思って、
    ゆっくり近付いてみると、
    それは棒でなく、何と蛇!(涙)
    のっそりのっそり、わたしの目の前の道を横断していく色鮮やすぎる細長い体。
    ・・・その間約10秒。
    (いや、5秒、一瞬だったかも?
    でも、とてつもなくスローに見えたのです。あまりにも怖すぎて・・・)
    周りを見渡してもわたしと蛇しか居ない。
    その場で呆然と立ちすくんでしまい、怖くて心臓の鼓動が大音量で聞こえる!
    (後に島を頻繁に訪れていらっしゃるオペラ歌手の田村邦子さんにお伺いすると、
    蛇はこの島には居ないとされていると!
    「マミちゃん、天からの使いを見たのよ。」と言われ、
    その場ではあんなに震撼していたのに、
    単純にも大いに喜ぶ。(笑)
    道の先に見えてきたカベールの浜は、
    蛇と遭遇した怖い思いを一掃してくれた。
    こんなにも心が穏やかになる場所があるだろうか?
    見渡す限りの透明な海、心地よく広がる波音。
    通常神聖な場所には、少し近寄りがたいような雰囲気があるのだが、
    沖縄の神聖な場所は、
    ピンと張り詰めた空気感の中に、
    不思議なあたたかみがあることにいつも驚く。
    人々の神様への祈りや思い、自然に対する感謝の気持ちが込められた場所には、
    大きな自然や神様の元、人も生き物もしっかりと守られている無限の安心感がある。
    その安心感は、
    ここに居ることに、
    生きていることに、
    ただ、素直に感謝の気持ちを持たせてくれる。

    まだまだ(笑)続く。

  • 久高島旅記

    久高島旅記

    久高島は沖縄の人々にとって特別な島。
    琉球の神、アマミキヨが降り立ったとされることから神の島と呼ばれている。
    わたしにとっては、ずっと行きたかった憧れの島で、
    ここに行ってみれば、何かが変わる、というか、何かを変えてくれる、
    という予感がずっとあった場所。
    そして不思議なことに、いざ行こうとするといつも台風や、
    ムスメの病気などで、流れてばかりの場所でもあった。
    でもいつかは必ず行けると信じて、
    斎場御嶽からは、幾度もその全景を拝んでいた。
    今回の休みも、台風が去ったばかりということもあり、
    当日もし晴れたら行こうという半ばあきらめの気持ちでいたのだけど、
    起きてみたらビックリするほどいい天気!
    やっと呼ばれた!(笑)と慌てて用意し、
    興奮しすぎてバスの時間とフェリーの時間が全くかみ合わないスタートを切り、(笑)
    久茂地で2時間もうろうろと時間を潰しながら、
    (いや、慌てすぎて忘れ物だらけだったので、買い物に丁度良い時間だったのだけど(笑)
    鼻息荒く久高島へ。
    フェリーを降りれば、自転車を借りて移動。
    着いたのは、最も暑い2時。畑仕事中のおじい、おばあは皆木陰で休憩していて、
    「今走ったら暑いさ。ここでお茶でも飲みなさい。」と声をかけてれる。
    宿の場所に始まり、おすすめスポットや、島についての質問をすると、
    「横に座りなさい」とジェスチャーしながら、やさしく答えてくれる。
    みなさん笑顔がとても素敵。
    きらきらと輝くような微笑みに胸がきゅうと締め付けられる。
    そんなあたたかな歓迎に気持ちもほぐれ、
    清々しい木陰の風を受けながら、
    心がどんどん解き放たれていくのがわかった。
    心地よくゆんたくをもっと続けていたかったけど、お借りした自転車には時間制限あり。(笑)
    寂しさをこらえつつ、みなさんとお別れ。灼熱の中、自転車をただ思い切りこぐ。




    こぎ始めたら、自転車のギーギーという錆付いた音以外は何も聞こえない。一見、普段私たちが目にしているもの(車などの乗り物や民家以外の建物)は殆ど何もない。人にも殆ど遭わない。(さっきの出会いはかなり貴重。)
    しばらく自転車を走らせ続けていたら、

    耳があらゆる音にどんどん反応しはじめた。鳥や虫の鳴き声は勿論、何かの生き物が葉っぱを踏むカサカサという音、実か何かがゴロンと道に落ちる音、虫の羽が摺り合う音、どんどん鮮明になってくる。立ち止まってみると、海への道がわかった。目で見なくとも、今どの方向に向かっているのか波音が教えてくれるのだ。
    普段人間が立てる音にかき消されている音がここでは主役。
    あらゆる命の音・・・
    それらはそこに昔からずっとあったような、
    また今だからこそ聞くことのできるようなとても不思議な感覚で、
    あたり前のように、また奇跡的に響き渡る。
    もしかすると、
    今ここでこうやって音を立てながら自転車をこぐ自分という存在も、
    あたり前であり、また奇跡なのかも知れない。

    多分(笑)続く・・・
    久高島にご興味のある方はこちらへ。久高島HP